2015年8月13日木曜日

ZINE『おとなのジン・パーティ』



東京のSUNNY BOY BOOKSさんで行われた 「おとなとZine おとなのZine」の展示の際に作られた『おとなのジン・パーティー』が静岡県、三島のC.I.P Books、Dirtyさんから届きました。

届きました、といっても、本当は一ヶ月以上前に届けてもらっていて、添えてくださった手紙もZineも、何度も読み返しては、作りたい、という欲は募らせながら、作らなければ!という本能めいた渇望ではないことに、自身でも少し残念に思う。

そう言いつつ、前書きに寄せられたDirtyさんの記述

「遅れてきた若者の時間、は去り、わたしはその後の時代に入った。永遠に続くいま、よりむしろ、限定的なこの先の時間=未来、への連なりの中に自分をおいてみることが増えた。」

のくだりには、子をもつ親としての共感と、改めて、自分がこれまで作ってきたことへの原動力にも気付かされたし、自身はまだ、自分が思うおとなの姿では全然ないけれど、表現したいことが変化したことを、あながち残念に感じなくてもいい筈なんだよなぁ、と勇気づけられたりもしています。

表現することの大切さ、と、それを表現している女性や人たち、をずっと紹介し続けている林 央子さんも、以前書いたブログを読んで、Dirtyさんの提案に賛同、このZineを作ることへの意義(という言葉は適切ではないかも?)についてコメントをくださったので、少し時間は経ちますが、貴重なコンテクストでもあるので、掲載します。


「作り手の初期衝動に強い魅力を感じがちな人間として、制作の継続と初期衝動のバランスは、作り手の誰もが抱える大きなテーマだと思っています。

Dirtyさんはご自身の表現メディアと初期衝動の深い関係を自覚された上で、その葛藤を勇気を持って表現されたところに共感した次第です。

これは本質的な問題定義だと思います。

『拡張するファション ドキュメント』編集中も、展覧会キュレーターの皆さんと、ガーリーの成熟について、沢山話し合いました。

結果、作家へのQ&Aの中で長島さんもミランダも、それぞれの言葉で、自分たちの成熟と制作の変化の関連について率直に語ってくださいました。

Dirtyさんの語りかけは、みんなも一緒に考えてみない?という提案がとても素敵でした。

引き続き多くの人たち、表現する女性たちにとって普遍的なテーマたりえると思っています。」

Dirtyさんも央子さんも、このZineに寄稿された他のZinesterの方々も、沢山苦悩したり、日々に不満なんかもあるだろうけど、私は羨ましく思うし、カッコイイと思う。

かくいう私も、思うようにならない今にジタバタしています。
ただ、理想の暮らしや、こうありたい、という、少しの夢や願望は、自分にだって勿論あって。
そこ(未来)に繋がるように、 多角的にいろんな事を捉えたり、そうしていかなければいけない必要性も考えながら、慎重になりすぎず、楽観になりすぎず、自分は、表現しつづける事、を選択していきたいなぁ、と思っています。